「プラモデルが好きだ!」 展示室


長谷川 1/72 九州飛行機 J7W1 18試局地戦闘機 震電  2019年11月5日製作完了
 日本人は震電好きだよね・・。
 タミヤと長谷川と造形村がインジェクションでキット化していて、造形村は1/32までだしてるし・・。
 一方実機は最大速度740Kmと言っても計画値で、1号機が戦争終結前に3回飛んだきりで、速度は260Km以上出していない上、エンジントルクの影響で大きく右に傾くなど熟成には時間のかかる状態で敗戦を迎え、すべての資料を焼き払ったら、極秘の開発だったはずが進駐してきた米軍はすでに開発を知っていて、「もう一度組み立てて飛ばせ」と命令をされて壊れた1号機と残っていた2号機の部品をかき集めて組み立て、アメリカに持っていかれて、現在はばらされた状態でスミソニアンの倉庫に転がっているといういわくつきの機体。
  ・・・というわけで実機はほとんど未知数の機体が、ここまでプラモデル化されるというのは恰好がいいからなんだろうなぁ・・
 長谷川のキットは72も48も同時進行で作った、塗装は基本試作1号機のものを参考にしているが(塗分けラインなど)、機銃くっつけて照準器も実装して実戦機仕様で作ったので、カウルフラップの警戒線などの細部に関しては、「実際に配備されるようになったら、九州飛行機の人はこんな風に塗りたかったんだろうなぁ・・」といった感じで塗ってある。
 マークも単純なので、72も48もラインと国籍マークなどは塗装で仕上げた。
 72のキットもよい出来だし、48より新しい分かっちりしているので組むのは楽だったんだけれど、48が出来上がるとやっぱり迫力が違うので写真は少ない。 
 塗装は48と同じだが、アンテナの色が72は緑で、48は下面色。
 実機が生きて動いていた期間はとても短いのにアンテナに関しては16ミリフィルムの写真に写った状態が、前に傾斜して暗く映っているものと、まっすぐ下を向いて明るく映っているように見えるものとあって興味深い。
 新しいキットですじ彫り仕様だが、このスケールだと拡大すると目立ちすぎて実感を損ねる。

長谷川 1/48 九州飛行機 J7W1 18試局地戦闘機 震電 2019年11月5日製作完了

 同じ震電で同じメーカーがプラモデル化したせいもあるのか、組み立ての分割構成も、出来上がった外観もほとんど同じに見える。(縮尺が違ったら、外形が異なって見えるようではスケールモデルではないので当たり前だけど・・)
 48のモデルの方がキット化が古いため、細部の考証は想像頼りみたいなところもあるので、今手に入る資料をベースに細かいところは手を加えた。
 実は48のキットは写真のものは2機目で、あとは写真を撮るだけ・・というところまでもっていったのだけれど、大ポカをやってしまいプロペラを回すのに後ろに仕込んだマブチモーターのせいでテイルヘビーになって尻もちをついてしまうのの最後になって気づき、仕方がないので機種に4ミリほどの穴をあけて先端に鉛玉を放り込んでバランスをとったが、そのままでは鉛玉ガラガラ動いてしまうので、固定するために水性ボンドを少し薄めて流し込み乾いた頃合いを見計らってふたをして整形して完成!と思ったら乾いていなかった水性ボンドがコップピットの流れ込んで真っ白になってしまったという悲しいいきさつがある。
 潔く急いでもう1機作ろうと決心して、どうせなら造形の48と思ったが、あまりにバカ高いので長谷川のを再度購入して今日に至りました。
 コックピットが真っ白になった長谷川48の1号機は、べりべりと接着剤をはがして中味をきれいにしたうえ再度組み立てたうえで、プロペラなど折れそうな部品は全部切り離して孫がきたときのお風呂のおもちゃになりましたが、マークを全部塗装で仕上げたおかげでデカールがはがれる心配もなく、お湯の中できれいに滑空しています。(本当に素直にまっすぐ (お湯の中を) 飛ぶ・・。)

  ・・んで、左の写真が涙をのんでバキバキと接着剤をはがし、部品取りのためにモーターとかエポキシで自作した冷却器の吸入口裏のカバーとかを外してお風呂用に組み立てる前の1作目の胴体。
 機首の錘のところに流し込んだ薄めた水性ボンドの残滓が白く見える。(水性ボンドは乾くと半透明になるのに、薄めた水性ボンドが乾いても白いままなのは初めて知った・・。)
   右側の写真はまだ水性ボンド洪水に見舞われる前の写真で、組み込んだFA13モーターと、「R」の文字が見えるのは穴が開いているだけで、みっともなかった空気取り入れ口の裏側に追加した奥行きを持たせるための胴体断面の部品で、ボンドまみれになったコックピットの部品も含めて2作目の48機のディテールを作るために流用した まず、基本的にはマルサンと橋本喜久男先生の企画の基本線を尊重して、大きな切ったり貼ったりはなし、全可動はそのまま踏襲、キャノピーはもともと再入手版が薄茶色に変色してしまっていたうえ氷砂糖みたいで作り直さなければなかったけれど、基本形の誤り(前に行くほど幅広になっている:ご丁寧に組立説明書の絵までそうなっているけれど、資料すらままならなかった(と思う)50年も前にこういう機体をキット化したことそのものが偉大なのであって文句を言ったら罰が当たる。)
 長谷川48のこのキットは、古いわりに外形もまともだし、翼と胴体の貼り合わせの精度も高いのであるが、はめ合わせのためのタボなど精度が甘かったのであらためて購入した2作目では作る前に真鍮線でタボを追加したりそれに合わせて穴を空けたり、リブを追加したりしてかっちり組みあがるように養生した。(下の写真)

 特に主脚柱は鶴の脚のように長く華奢なうえ、タボが短くがたがたなのでがたつきをなくすため真鍮線と受け側の固定枠を補強して強度を高めたがマブチモーターと錘で完成後も脚が少ししなる。
 長谷川もこの古いキットのメンテはしているようで、上の写真の一番右側に写っている前脚の車軸は古い緑色モールド版では脚柱側にしかついておらず車輪を取り付けるとガタガタだったのが、グレーモールド版では車軸が付けられていて改善されている。
 それでも、前脚は錘も入ってかなり負荷がかかるので、作例では真鍮線で補強してある。

 左側の写真は1作目のコップピットの写真で、キットの設計者の勘違いか何か知らないが左側のコンソールが実機にない2段構成になっているため、左側の壁面に直接ついているべきレバー類がその段の上に載るようについているのでパイロットの足元が異常に狭くなってしまっていた。
 せっかく2作目を新たに作ることにしたのでので、1作目のキットの残骸を利用してこのレバー類だけ切り離して段差をなくして再作した左側の壁に直接つけることと、その左側の壁を作るのに元のコックピットの右側の壁を切り離して前後逆向きにして段差を切り取った左側の部分にはめ込んで左側の壁とする作業を行うことにした。
 ついでに右側足元にある脚の上降レバーが生えている扇形のボックスも作り込んだが、もともと狭いコクピットなので出来上がるとほとんど見えなくなった。
 下記に展示した再作後のコックピッの写真には映っていないが、元のキットではごつくて角ばっていた17試射爆照準器も資料を参考に削り込んで、パイロット側を円筒形に修正したり、2枚のガラス(前側はスモークらしいが)を再現するなど手を加えている。
 下段2番目の写真の座席右側に脚の上降レバー基部に追加した扇形のボックスが覗いているけれど、風防越しだと全然わからない。
 17試射爆照準器については、ガラスの後ろの鏡筒の部分にピンバイスで穴をあけ透明エポキシでレンズを再現したりしたけど、まったくもって外からは全然見えない。
 下段右側2枚完成後風防の外から見た写真を載せたけど、2枚のガラスがかろうじて見える程度で、他はぐちゃっとした黒い塊だ。
 塗装に関しては、迷彩の塗分け線はアメリカに渡った試作1号機の塗分けラインをかなり忠実に再現したが、それ以外はほとんど実体のないモデルなので「こう塗りたかったんじゃないか」塗装にしてある。
 プロペラ背面の黄帯は試作1号機の考証では「あれはペイントでなく茶色のままのプロペラが跳ね上げた砂塵で塗装がはがれたもの」説が本当だと思うが、あまりにしょぼいしこっちの方が綺麗なのでこうした。
 最初に作った緑モールド版では空気取り入れ口などの開口部をふさぐモールドが外側から目立ったのでカウリング下面の排気管以外は開口して奥行きを持たせてある。
 いずれにせよ上から眺めても下から眺めても、右から見ても左から見てもカッコイイ機体なので、数多いキットが出るのも納得。
 でもまぁ、文春文庫・太平洋戦争日本軍用機秘録「異端の空」渡辺洋二著にある「前翼型戦闘機「震電」」を読むと、この機体が100%仕上がるには結構手間がかかりそうだし、仮にそうなったとしてもB-29をバタバタ撃ち落とすほどの機体になったかどうか怪しい・・